地理の証拠六

約束の地の広大で有名なシドン川

 

参照

15 そしてアムリサイ人は、ゼラヘムラの地のそばを流れるシドン川の東にあるアムナイフの丘にやって来て、そこでニーファイ人と戦いを始めた。

アルマ書2:15

紀元前八十七年



27 そして王は全地に、すなわち自分の国内にいるすべての民と、その周辺の全地方にいるすべての民に布告を出した。この国は東と西で海に接しており、またゼラヘムラの地とは、東の海から西の海まで続いている細長い荒れ野で隔てられていた。また、この荒れ野は海岸線で湾曲しており、その北方の境はゼラヘムラの地からマンタイの境を通り、また東から西に流れるシドン川の源まで達していた。レーマン人とニーファイ人はこのようにして分かれていた。

アルマ書22:27

紀元前約九十年から七十年に至る


  22  そこで彼らは死体をシドンの水に投げ込み、死体は流れて行って海の深みに葬られた。

アルマ書44:22

紀元前七十三年


説明

シドン川は約束の地で唯一指名された川です。それはモルモン書の中で少なくとも二十四回に渡って繰り返し言われています。それは南方の地(リーハイという地)にあります。さらにそれは東から西に流れています。そしてその川はニーファイ人の首都ゼラヘムラの町のそばでした。

そのシドン川の面積はニーファイ人によって殺されたレーマン人の死体を投げ込むことが出来た程の広大な川でした。その後、それらの死体は海に流れて行きました。まことに下記の節アルマ書44.22の事件はマンタイという町の近くの出来事でした。 ニーファイ人はマンタイがシドン川の源に近い町だったと言っています。その町に近いシドン川は広い面積を成していました。言うまでもなくシドン川は下流のゼラヘムラの町より広い面積を成していました。


結び

約束の地には広大な川があります。この川は東から西に流れています。